『サイコショップ / PSYCHOSHOP』アルフレッド・ベスター&ロジャー・ゼラズニイ著 ISBN:0679767827(未訳)

Psychoshop分解された男 (創元SF文庫)虎よ、虎よ!コンピュータ・コネクション (1980年)

    • こちらも全然読んでない本の一冊。『分解された男 / THE DEMOLISHED MAN』(1953)、『虎よ、虎よ! /TIGER! TIGER!』(1956)の2つの長編(前者は創元SF文庫刊/沼沢洽治訳。後者はハヤカワ文庫SF刊/中田耕治訳)でワイドスクリーン・バロック作家という地位を確立したと言っても過言ではないベスターの絶筆作品を、ゼラズニイが完成させた異色長編。刊行は1998年で、ベスターは1987年、ゼラズニイは1995年に逝去したので、二人の遺作共同作品となるのだろう。
    • 『コンピュータ・コネクション / EXTRO』(1974)(サンリオSF文庫野口幸夫訳。廃刊なので古本屋でどうぞ)でも発揮されていたベスターの変人ぶりがここでも顕著なのかもしれないが、ゼラズニイ同様に様々な教養を要求される翻訳に立ち止まってる模様。
    • SF評者の一般的な見解からすると、おそらくは両方のファンなら読んでもいいかもしれないが、SFファンすべてが絶賛できる作品かは疑問符がつく作品かもしれぬ。
    • 雑誌記者アルフはアダム・メーザーが店主を務める奇妙な店を取材することになる。イタリア・ローマにあるというその質屋は魂を売買すると言うのだが……以下その一部抜粋し、その奇妙な味わいをどうぞ。

そういうわけで、ラ・コルッテーラで、ご当人のアダム・メーザーと並んでスツールに腰掛け、酒を交わしながら、談話中だった。彼が神秘的な〈魂交換人〉であると聞かされていたので、自然と、フランケンシュタインやドラキュラ伯爵、はたまた仮面を被ったオペラ座の怪人をお目にかけられるのだと見越していた。そんなに大間違いでもなかったかもしれない。
 彼は黄赤褐色、ほとんど豹色で、まさに日焼け風焼けした如き見えるその肌より、髪は濃い赤だった。裂け目はぬばたま色。指の爪は尖っていて象牙色をしていたが、歯は煌びやか白だった。要するに強烈な外見。
 まず向かい合って座ったとき、彼はぼくを値踏みするように時間をかけてから、自己紹介した。で、ぼくも同様にした。きみのことは聞いているよ、と彼は言った。あなたのことは聞いてますよ、とぼくは言った。
 彼の物腰は魅力と優美さに溢れていた。生粋のナイトクラブ社交人。彼はよく笑い、その含み笑いは喉鳴りに近い。彼はなだらかな声をしていたが、言葉にわずかにためらいがあった。まるで絶えず、正しい単語を探しているように。驚くほど楽しく、開けっぴろげで、何ものにも動じない残りの一パーセントそのものさながら。愉快なインタビューゆえ、彼の〈暗黒地〉がやりがいあるものになると、思った。
「アダム・メーザーとは風変わりな名前ですね」ぼくは言った。
 彼は頷く。「折衷名だよ」
「何と何ですか?」
「我々は二十世紀後半にいる、いいかな?」
「それも風変わりな質問ですね」
「儂は慎重でね、話し方がな。旅するとき、タイムゾーンを通り抜けるのはご存じだね。時差ボケなどそういうものだ」
「うーん」
「まぁ、儂も人文化ゾーンを旅するので、正しい言語で話してるか確かめねばならん。ドルイド僧にアステカ語は通じない。もし興味があるなら、いつかそれをお話ししよう」
「折衷名について話して下さい」
「そう、名前は本当ならMAGFASTERであるべきでなんだ」
「ぼくをかつぐ気ですか」
「いや、MAGFASTERは頭字語だ」
「何の?」
「メーザーが引き起こした誘導放射による胎児増幅」(訳注。Maser Generated Fetal Amplification by Stimulated Emission of Radiation。メーザーは『誘導放射によるマイクロ波増幅』Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiationの略語)
「たまげた」
「左様。近しい友だけが儂をそう呼ぶ。そして、アダムは儂が最初の失敗作ゆえ──二十世紀後半では『失敗作』と言うかね?」
「もう使いません」
「まず胎児胚の蕾のうちに増幅されるのだ。ケイパーというのは正しいかね? 二十世紀後半では少々厄介に見舞われてるのでな。まさに顕微鏡に関する、リューヴェンフックによる活動と長きに渡る十七世紀オランダでの議論から来ているんじゃ」
「あなたにはウォーミングアップが必要ですね」ぼくはバーテンダーを呼び、「ぼくにはダブル・ショットを下さい。我が良き相棒、メーザーが引き起こした誘導放射による胎児増幅さんは欲しいものは何でも注文して下さい」
 これは彼を笑い転がせた。「きみは本当にリガドーンな人だな、アルフ」
「あなたご自身も結構イケてますよ、アダム。あなたに未知の増幅を施した、そういうご友人たちは何をしようと?」
「儂が知るわけがなかろう。研究室の専門家たちも知っているとは思えなん。彼らはそれでも発見しようとしている。それが儂を観察下に置いている理由だ。飼育容器の中にいるようなもんじゃ……」
 ぼくはかぶりを振った。彼はしばらくの間、風変わりな音を発していた。
「彼らは線形拡大をしていると考えていたのさ、まぁ、拡大鏡を通し儂を検査するようなものだ」
「大きさをですか?」
「おつむの具合さ。だが、彼らがしたことといえば、儂に自身を掛け合わせて二次元的にすることだった」
「あなたのお母さんの中で?」
「そんなわきゃない! 儂はメーザー発生器の中で漂う試験管クローンだよ」
「それで、どこに、あなたを観察してるという、有能な博士たちがいるこの飼育容器はどこに?」
 彼は小さな含み笑いを漏らす。「我が家さ。もし来たいなら、お見せしよう」
「是非に。〈黒き場所〉? 〈暗黒地〉?」
「それは地方民が呼んでるんだ。本当はヴォーコ・ネロつまり、ブラックホールだ」
カルカッタの土牢のような?」
「いや。天文学におけるブラックホール。死んだ星のなれの果てだが、この宇宙とその隣り合う宇宙との通路でもある」
「ここに? ローマに?」
「もちろん。彼らはガスが尽きて止まるまで宇宙空間の中をあてどなくふらふら移動するんだ。こいつは偶然ここに居座ったわけだ」
「どれぐらい昔に?」
「誰も知らぬ」彼は言った。「それは紀元前六世紀にはそこにあった。エトルリア人がローマと呼ばれる小都市を支配し、それを世界の中心地に変え始めた頃じゃな。きみがルオーゴ・ネロ、不吉な〈魂交換人〉を生業としてる場所を探したら、それなら、タルクィニア女王の宮殿の真向かいにあると教えられる。たいていその情報提供者はそう言ってから、魔除けのために三回唾を吐くだろう」
 ぼくは微笑んで、「いつあなたはそれに入れられたんですか、そのブラックホールに?」と尋ねた。
「今からの約千年前、きみの時間でね。儂にとっては、十勤務時間前さ」
 限界もこれまでだ。「アダム」とぼく。「ぼくらの一人は狂ってる」
「で、きみは儂がそうだと思ってる」彼は笑った。「儂が用心深くなるのはこれが理由じゃよ、ありのままに教えてるのに。誰も儂を信用しようともせん」
「あなたのことを記事にするよう命じられたんですよ」
「もちろん。そうだろうとも。協力するよ。存分に教えてしんぜよう。だが、リガドーン誌はそれを印刷はせんよ。彼らはきみの言うことを信じるわきゃない。きみは時間を浪費するだろうがな、アルフ、突拍子もない話が聞けるぞ。さぁ、用意はいいかね」