『クイルズ / QUILLS』特別編(2000)

    • 性的倒錯や拷問虐待という退廃したエロス文学で知られ、サディズムの語源ともなったマルキ・ド・サド侯爵。舞台は19世紀初頭フランスのパリ。シャラトン精神病院に幽閉されてからの後半生を描いた作品である。サド侯爵(ジェフリー・ラッシュ)は精神病院に収容されていたが、そこの理事長であるクルミエ神父(ホアキン・フェニックス)の計らいで、治療を兼ねた小説の執筆を続けていた。だが、侯爵の禁断の筆致に触れ、魅惑されていた病院の洗濯係りをする小間使いマドレニーヌ(ケイト・ウィンスレット)を通じ、その原稿は密かに外部へ持ち出され、匿名で出版されていた。明らかに侯爵の筆による猥褻小説はナポレオン皇帝体制下にある政府の怒りを買い、拷問による精神病矯正治療の大家ロワイエ・コラール博士(マイケル・ケイン)が病院の監督役として派遣される。今後小説の出版がなされれば、病院は閉鎖すると聞かされた神父は侯爵に慎むよう願い出るが、修道院の孤児であった幼妻シモーヌアメリア・ワーナー)を娶ったばかりのコラール博士へ挑発的な活動を取る始末。神父は侯爵の特別待遇を改め、その執筆の源であった羽根ペン──クイルズを剥奪するが……
    • デカダンで、エキセントリックなサド侯爵を演ずるジェフリー・ラッシュがここでも見事な道化振りを魅せている。弾圧に屈することない侯爵の創作への情熱、狂的なまでの性の奔流は知への渇望であり、痴への憧憬。神という神聖さに抑圧された神父、精神を患い世間から隔離された患者たちは、侯爵が体外に発散してゆく愛欲と名の血と根元的な暗黒を求める肉体に彩られた言論に感染したように、神への冒涜に満ちたその禁断の言葉に絡め取られてゆく。競演者にマイケル・ケインがいるがやはり巧い。小間使いマドレニーヌや幼妻シモーヌといった美女たちの官能的な場面はまた見物だ。サド侯爵といえば、精神文化の暗黒面に脚光を当て続けた評論家である故・澁澤龍彦による翻訳紹介やエッセイ集が日本では有名だが、傑作『虚無への供物』(1964)を著した幻想文学と推理作家の故・中井英夫や故・三島由紀夫らとの澁澤氏の親交や活動は日本の幻想文学とエロチシズムの系譜を考える上で重要だと、この映画を観て久々に思い起こされた。