『12人の優しい日本人』(1991)

12人の優しい日本人十二人の怒れる男
櫻の園

    • 今や、売れっ子となって久しい脚本家・三谷幸喜が主宰した東京サンシャインボーイズの舞台劇を映画化した傑作。同じくアルゴ・プロジェクトの一環として、『櫻の園』(1990)という秀作を撮った中原俊が監督を務めている。後者は少女漫画家・吉田秋生の原作を元にした青春期の少女たちの瑞々しい物語であるが、前者はコメディである。
    • ヘンリー・フォンダ主演、巨匠シドニー・ルメット監督のデビュー作『十二人の怒れる男』(1957)からインスパイアされたと思われる脚本であるが、三谷幸喜らしいくすくす笑いの漏れそうなユーモアに溢れた、「もし日本に陪審員制度があったら……」という前提で書かれた戯曲である。同作からのアイデアでできた作品に、筒井康隆の「12人の浮かれる男」(小説版1975年発表、戯曲版1978年初演)もある。筒井さんは元をパロディー化して茶化すのは十八番であり、ブラックユーモアの才は見事としかいいようがない。さて、それはおいておく。
    • 物語はある殺人事件の陪審員12名が招集されたシーンから始まる。開始早々の決議で全員一致で無罪になるかと思われたが、ただ独り有罪の疑問の声を上げる者が。様々な思惑を胸に、果てしない有罪と無罪の議論が繰り返されてゆく……
    • 本作は本来舞台劇であるゆえ、密室劇である。動きがなく、あるのは議論である。それゆえに、緻密な脚本と力強い役者たちが要となり、飽きさせないカメラワークやら演出も重要である。臨場感が命だ。映画は映像作品ゆえに、50%は俳優で決まり、残りの25%は脚本で、残りが映像やら演出で決まると思える。キャスティングの時点で、この映画は面白いかどうか、だいたい決まってしまうといってもいいかもしれない。舞台劇の場合は異同はあるが、本作の配役は以下。

陪審員1号(女子校体育教師・40歳):塩見三省
陪審員2号(精密機械製造会社々員・28歳):相島一之(東京サンシャインボーイズ出身)
陪審員3号(喫茶店店主・49歳):上田耕一
陪審員4号(元信用金庫職員・61歳):二瓶鮫一
陪審員5号(商事会社庶務係・37歳):中村まり
陪審員6号(医薬品会社セールスマン・34歳):大河内浩
陪審員7号(タイル職人・32歳):梶原善(東京サンシャインボーイズ出身)
陪審員8号(主婦・29歳):山下容莉枝
陪審員9号(開業歯科医・51歳):村松克己
陪審員10号(自営クリーニング店おかみさん・50歳):林美智子
陪審員11号(自称弁護士・年齢不詳):豊川悦司
陪審員12号(大手スーパー課長補佐・30歳):加藤善博
守衛:久保晶
ピザ屋の配達員:近藤芳正(東京サンシャインボーイズ出身)

    • そんなわけで、個性的なメンツが揃っている。出てくるのは陪審員12名と守衛とピザ屋の配達員の各1名の14名。被告や被害者の顔や映像は全然出てこない。陪審員たちによる伝聞情報である。それでもグイグイと引き込まれる脚本は素晴らしく、さらに俳優の布陣は見事だ。論理、感情、何となくのフィーリング……付和雷同で意見をたがえる者、早く帰りたいとウズウズする者、主導権を握ろうとする者、様々な職業と年齢が入り乱れた陪審員たちで議論は繰り返されてる。特に東京サンシャインボーイズ出身の二人は舞台での理解度が深いだけに、進行の軸となる配役になっている。村松克己(東京サンシャインボーイズ舞台版では西村雅彦)、二瓶鮫一、林美智子 らベテランを初め、中堅の塩見三省の生真面目さ、加藤善博(同舞台版では故・伊藤俊人)のおちゃらけ具合、故・伊丹十三作品では名脇役である上田耕一、デビュー間もない豊川悦司などが役どころを捉えた演技で、みんながみんな立っている。カメラワークも秀逸で、「朝まで生テレビ」のようだ。
    • 本作のような面白い作品がドシドシと作られれ、安くDVD販売を継続的にすれば、日本映画ももっと元気になると思うのだが、最近盛り上がっている邦画の興行は別にして、アクションだらけのハリウッドではなかなかできない、ミニマルライクな感じな愉しみがある邦画は如何であろうか。耳にタコできた……ってその反復は病みつきになる気がする。美しい映像作品も好きだが、こういう小市民的でありながら、日本の縮図的な社会派の邦画もいいのである。伊丹十三が死んじゃったからなぁ……こういう日本的映画の旗手は現れないものか……