『ザ・フライ / THE FLY』(1986)(2枚組特別編)
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- ようこそ、恐怖の実験室へ……とでも言ってるような作品である。敬愛する映画監督のひとり、鬼才という名がふさわしい、カナダ出身の監督デイヴィッド・クローネンバーグ作品である。今回久々に観たのは、カルト・コレクションとして出ている版である。津嘉山正種さんの吹き替えるゴールドブラムの渋さ、高島雅羅さん声の艶やかなジーナ・デイビスなど吹き替え版が楽しい。未公開シーンや別エンディング、メイキングなど特典ディスクも興味深い(残念ながら、通常発売の廉価版は『ザ・フライ (特別編)』という名ではあるが、日本語吹き替えは収録されていないのであしからず)。
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- 天才科学者セス・ブランドル(ジェフ・ゴールドブラム 津嘉山正種)は物質転送装置を開発中であった。ある日、ふと出会った女性記者ベロニカ・クエイフ(ジーナ・デイビス 高島雅羅)にその成果を見せる。ベロニカは世紀の大発明に触れ、雑誌編集長ステイシス・ボランズ(ジョン・ゲッツ 桶浦勉)にそのことを告げるが、魔術師紛いの研究だと、ステイシスは一蹴する。ベロニカは開発過程を記録すべく、セスと共に研究の最終段階へと実験を進めてゆく。ふたりはやがて惹かれ合い、課題であった生物の転送実験も上首尾に思えた。やがて、セスは自らの身体を実験台として転送を行ってしまう。しかし、転送ポッドに一匹の蠅が紛れ込んでいたとは気づくわけもなかった……
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- 原作はジョルジュ・ランジュラン、オリジナル映画化は『蝿男の恐怖』(1958)という古典だ。科学者が蠅男の如き、化け物へ変化してしまう基本は同じであるが、その肉体的及び精神的変化課程のリアリティを求め、まるで病に冒されてゆくような科学者セスと女性記者ベロニカの恋愛悲劇、編集長ステイシスとの一種の三角関係まで脚本の掘り下げを行ったのはクローネンバーグならではある。人間と蠅の遺伝子レベルでの融合という、当時はまだ一般的ではない分子生物学という分野のディティールを取り入れた。その非現実的ともいえる事象が、現実を浸食し、悪夢として融合してしまう、人間の変容や変化を描いたのはクローネンバーグ諸作品に共通するテーマであろう。これを含め、『スキャナーズ』(1981)『ビデオドローム』(1982)『デッドゾーン』(1983)という80年代同時期の作品はまさに傑作であり(『スキャナーズ』の1作目を単品で出してよ(´Д⊂グスン)、悲哀漂う投げ出されたようなアン・ハッピーエンドも彼らしい。未見ながら、仮想現実に冒されてゆく『イグジステンズ』(1999)でも、この傾向は復活しているが、近年は彼の真骨頂といえるこういったSFホラーから離れているのはちょっと哀しい(´・ω・`) 犯罪サスペンスじゃなく、SFホラー希望である。
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- 主演となったジェフ・ゴールドブラムは長身で、知性を漂わせた怪優である。この演技で一躍有名になったが、『ジュラシック・パーク』(1989)とその続編や『インデペンデンス・デイ』(1996)、『ライフ・アクアティック』(2005)などでも以後、奇特な学者役が多いのもその所為か? しかし、作品内での肉体表現はご本人がやってるのも多いそうで、体力が凄いらしい。共演女優ジーナ・デイビスは当時本当の恋人であり、結婚(と離婚)もしている。本作は主要登場人物が3人という小品ながら大作に負けない品質はまさにクローネンバーグ印である。フィリップ・K・ディックの短編「追憶売ります」原作の『トータル・リコール』(1990)の監督として当時制作進行中だったそうだ。結局は『ロボコップ』(1987)で有名になったオランダ人監督、ポール・ヴァーホーヴェンが監督して公開された。もちろん秀作であるのだが、その基本はシュワちゃん全開のドンパチアクション娯楽映画に仕上がっていて、もしクローネンバーグ版が作られていたら、もっと深みがあり、ディック的な暗さを湛えたアンハッピーな作品になったのではないかと……是非観てみたかったのである(個人的にはヴァーホーヴェンの作風は苦手)。
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- 言わずもなが、続編『ザ・フライ2/二世誕生 / THE FLY II』(1988)は、本作の立て役者のひとり特殊効果のクリス・ウェイラスが監督として作られたものだが、観て得られるものは少ない。あえてあの形で終えることにしたクローネンバーグの意志を汲むこともなく、二世を誕生させてしまうとは何事かと言いたい。一歩譲っても抑制の利かぬ話としか言えないので、この2作目はオススメはしない。脚本に、『ショーシャンクの空に』(1994)『グリーンマイル』(1999)のフランク・ダラボンが関わっているとは思えない不出来であろう。