『メメント / MEMENTO』(2000)

takaren2008-05-03


メメントメメント/スペシャル・エディションCHRISTOPHER NORAN 2-TITLE BOX メメント コレクターズ・セット異邦の騎士 改訂完全版

    • クリストファー・ノーランが監督・脚本した2作目で、制作費900万ドルのインディペンド系ながら、口コミで全米でヒットを記録した。2001年度アカデミー賞脚本賞編集賞候補。物語の本筋は単純であるが、脚本と構成の妙で魅せるフィルムノワールの佳作である。原案は実弟ジョナサン・ノーランの書いた短編小説「メメント・モリ / Memento mori」ということで、、ラテン語の格言「死を忘れるな(死を思い出せ)」という意味。 moriは動詞morior(死ぬ)の不定形、mementoはmemini(思い出す)の命令形である。「他人の死を忘れるな」ではなく「自分がいつか死ぬということを忘れるな」ということである。つまり、mementoは記憶や想い出に繋がる言葉であるが、この映画に相応しいどこか、深遠なる響きのある言葉だ。
    • 元保険調査員レナード(ガイ・ピアース 小山力也)は目の前で妻をレイプされ殺されたショックにより、前向性健忘になってしまう。生活記憶や事件以前の記憶はあったが、十分間しか記憶が保持できない。犯人ジョン・Gに繋がる人物や建物をポラロイド写真やメモ書きに残し、自らの身体に刺青として情報を刻みつけながら、妻(ジョージャ・フォックス 安藤麻吹)の復讐を果たそうと、犯人を追い求めていた。ナタリー(キャリー=アン・モス 塩田朋子)、テディ(ジョー・パントリアーノ 後藤哲夫)ら協力者に思える人々は誰も信用できぬ、それはまるで独りぼっちの探偵ごっこだった……
    • 十分間まえの記憶を手探りにして、エンディングからスタートまで時間を遡行してゆく展開である。最初に明かされるのが、時系列には最後のシーン。「何だっけ?」と、今まで事実であった十分間まえのことを主人公は忘れてしまう、細切れなシークエンスで物語は逆行してゆく。記憶の主観性……曖昧さ……どれが真実でどれが虚偽か信用できない。事実として刻み込まれてゆくはずの刺青もそうとは限らない捏造された事実であるのかもしれないのがミソだ。しかし、何かを信じていかなければ、先へは進めない男。何を信じていいのか分からない不安。信用できない語り部による、一種の倒叙ミステリである。
    • ポラロイド写真に写された人物や建物、メモ書き、そして主人公の肌に彫り込まれた(自ら彫った鏡写しの文字を含む)刺青文字によってのみ、再構築されてゆく不安定で歪んだバベルの塔。忘れてしまった過去はどういうものだったのか? 時系列を逆に辿ってゆくことで、ドミノがパタパタと倒れるのではなく、倒れたドミノが起きあがってゆく様を想起させる。「ここでこういう行動を取ったら、こうなるかもしれない」という可能性を描くのではなく、「こうなったのは、ここでこういう行動をしてしまったのからだった……」という悔恨の連続を見てゆくようだ。
    • 物語は逆回転していても、主人公は記憶の逆戻り(想起)ができるわけではない。現在から過去をを検証補正(フィードバック)させて、未来へ繋げてゆくという自然に行われる行動原理が役立たずである。記憶の連続性という、日常を生きてゆく中で健常者が当然有するものが欠落してしまったゆえに、過去を顧みてする悔恨さえできない(正確には、十分間という小さな世界で起こったことに関しては悔恨は可能だが、それさえも忘れてしまう)。復讐の記憶はやがて消える……その苦しみや不安を追体験してゆくのだ。繰り返される忘却に、「どこまで進めたのか? この道筋は正しいのだろうか?」と常に問い、現在を生かされ、不安に苛まれ続ける主人公のように戸惑うばかりだ。
    • 通常版及び、コレクターズ・セットのDVD特典映像では、時間軸に沿ったクロノロジカル・シークエンス再生(監督の意図とは逆なので、リバース・シークエンス再生であるのがややこしい)機能を搭載している。ただし、2枚組のスペシャル・エディションのHDマスター・DTS収録版『メメント』はこれができないらしい。1回見たら、今度は時間軸に沿って観るとスッキリするかもしれない。だが、モヤッと感が残り、また観たくなる可能性があるかもしれない。まさに、記憶の不確かさをうまく表現したともいえる作品だろう。頭の体操、あるいはIQを試すにはいい映画なのか。
    • 記憶障害を基本アイデアに扱った本格ミステリの傑作、島田荘司著『異邦の騎士』を何となく思い出す。本作も映像化したら面白いとは思わなくもないが、文章ならではの面白みを表現しがたく、なかなか困難な部分も多いかもしれない。こちらにはある種の救いがあり、美しさがあり、泣きがある。合わせてオススメである。