『ゴーレム100』(1980) アルフレッド・ベスター/渡辺佐智江訳 国書刊行会刊

ゴーレム100 (未来の文学)

    • およそ一年前(正確には13ヶ月)、サミュエル・R・ディレイニーの名作中編「ベータ2のバラッド」(1965)を収録した『ベータ2のバラッド』というアンソロジーが翻訳出版されたが(ぼくが購入意欲をそそられるハードカバーって意味であるが)、待ちに待っていたその<未来の文学>第II期の長編の一つが本書である。ゴーレムの上の100は上付き文字であり、乗数(累乗、べき乗)である。
    • アルフレッド・ベスターといえば、ぼくの好きな作家のひとりで、故ロジャー・ゼラズニイディレイニーに並び好きな作家である。いわゆる、<ワイドスクリーン・バロック>の先駆として、SF作家でもあり評論でも知られるブライアン・オールディスに形容された作家だ。あとがきの山形浩成氏の解説に詳しいが、第一回ヒューゴー賞受賞作『分解された男』(1953 創元SF文庫刊)、『虎よ、虎よ!』(1956 ハヤカワ文庫SF刊)という二大長編でそのSF的地位のほぼすべてを築いてしまったといっても過言ではない。しかし(というか、前二作のあまりの素晴らしさゆえか)、専業のSF作家として活動していたのは短く、寡作である。1913年生まれであり、1950年代という遅咲きで、再始動したのが1970年代で、1987年に心臓発作でこの世を去るまでの活動期間は長くはないとはいえ、長編はたった五作品。『コンピュータ・コネクション』(1974 サンリオSF文庫刊・廃刊)、本書、"THE DECEIVERS"(1982 未訳)である。ゼラズニイが中絶作を引き継いだ"PSYCHOSHOP"(1998)を含めても、少ない。
    • 今はなきサンリオSF文庫から、翻訳続刊予告がされてから長い年月が経った。それがこうして、陽の目を見るとはSF者の端くれとして嬉しく思われ、読むのがもったいない気がする。続いて期待されるのはディレイニーの大著『ダルグレン / DHALGREN』(1975)であるが、果たしてその翻訳本はいつでるのやら……これも"THE DECEIVERS"も"PSYCHOSHOP"も原書を持ってたりするのだが、読む時間も気力も乏しいのが実情である。もっと気軽に未翻訳な長編や短編が文庫でバリバリと読める、SF夏の時代はまた訪れるのだろうか?(ハードカバーだと持ち運ぶに不便なのである(´・ω・`))
    • 追記。
    • 『ゴーレム100』をちょっと読み始めた。すげえ(・∀・)イイ!! 久々に萌えるSFだ。というか、ベスターは『虎よ、虎よ!』も『分解された男』も、SFという枠組みの中で、ミステリ的な謎を物語の一本の柱として使っている。またタイポグラフィックがここではさらなる進化を遂げている。コミック原作者をやっていたゆえに、エンターテイメント志向であり、漫画的な絵図を文章で表現しようとして、それだけでは不足な部分をタイポグラフィックに求めたのであろう。衒学的な蘊蓄おばけであり、詩文を多用するゼラズニイマルチプレックス言語なディレイニーと比肩する文体のスタイリッシュさはおもちゃ箱をひっくり返した様相を呈する。何より、今回は特殊翻訳者である渡辺佐智江氏のがんばりが凄い。あくまでベスターの文体の色気を大事にしながら、自然な日本語に置き換える作業に成功している。これからのベスター関連の訳書は是非、渡辺佐智江氏にしてもらいたい。SF肛門外漢といはずに是非に。