『プレステージ / THE PRESTIGE』(2006)
-
- 今年物故した、20世紀最後の巨匠ともいえるハードSF作家アーサー・C・クラークが提唱した「クラークの三法則」なるものがある。その第三法則は特に有名で、よく引用されるものだが、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない Any suffiently advanced technology is indistinguishable from magic.」 というものだ。
-
- 奇術のマジックもまさにそれを免れない。「タネがあるから」という先入観でマジックを見つめていて、そのトリックを見破ろうと目線で鑑賞するわけだが、顕れた現象の不思議さに目を奪われることになる。明かされてみれば、「そうだったのか……」と仕掛けの単純さに興ざめすることもなくはないが、巧妙な騙しの技術、驚きと幻惑を創造しようという姿勢は、映画や小説などの物語作りと共通する立場である。本作でも従来のクリストファー・ノーラン作品同様、最初から最後まで、張り巡らされたトリックが用意されている。
-
- 19世紀末ロンドン。"偉大なダントン"ことロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン 山路和弘)、"ザ・プロフェッサー(教授)"ことアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール 東地宏樹)。修業時代は共に技巧を認め合っていたふたりだったが、アンジャーの妻ジュリア(パイパー・ペラーボ)が脱出マジックに失敗し、死亡してしまう。その原因がボーデンにあるとしてアンジャーは彼を恨む。サラ(レベッカ・ホール)という女性と出会い幸せな家庭を築いてゆくボーデンに、アンジャーは妻の復讐を行う。美しき助手オリヴィア(スカーレット・ヨハンソン 水町レイコ)を得て再出発をしようとするアンジャーに、またもやボーデンも呼応するように執拗な妨害工作をしかけてゆく。ふたりの旧友で装置技術者のカッター(マイケル・ケイン 小島敏彦)の忠告に反し、天才奇術師として技術と名声を競い合うように、しのぎを削り合ってゆくふたりの確執はますます激しさを増す。ボーデンに負けぬ壮大なイリュージョンマジック「瞬間移動」を求め、アンジャーはコロラドにいる科学者ニコラ・テスラ(デヴィッド・ボウイ 佐々木敏)の元へ赴く。アンジャーの大マジックがやがて完成するが、その秘密を探ろうとしたボーデンはアンジャー殺しの罪で逮捕されてしまうのだった……
-
- クリストファー・プリーストによる、その原作小説『奇術師』(1995)は世界幻想文学大賞を受賞をした傑作であるが、主人公ふたりの日誌を元に記述される形式が大部を占めている。映画脚本はクリストファー・ノーランと実弟ジョナサン・ノーランにより脚色されたもので、日誌風な語りが活かされている。ただし、原作で出てくるアンジャーとボーデンの子孫たちは出てこないし、トリックの肝となる「瞬間移動」の仕様も若干異なるし、新たに付け足された設定や登場人物もあり再構築されている。原作は大著であり(放映時間的制限もあるのだろうし)、ここはあえてその通りに作らず、小説の語り(騙り)のトリックの面白さを、映像的トリックへと昇華したと見た方がいい。2006年度アカデミー賞の撮影賞と美術賞候補になった映像美は見所のひとつだ。
-
- <X-MEN>のウルヴァリン役、『バットマン ビギンズ』(2005)のバットマン役というヒーロー者の主役たちが演じるイメージとはひと味違う演技を見せるヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベールはなかなか格好いい。やはり、かぎ爪とひげ面の彼ではなく、『ニューヨークの恋人』(2001)での英国紳士風のヒュー・ジャックマンのが好みだ。クリスチャン・ベールはトム・クルーズぽい気がしなくもない。スカーレット・ヨハンソンは『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)の新妻役が印象的であったが、本作では気の強さを見せている。それよりなにより、やっぱりテスラ役のデヴィッド・ボウイは怪しげであるし、名脇役に徹したマイケル・ケインの演技が群を抜いて素晴らしい。電気を帯びながら登場するデヴィッド・ボウイは宇宙人の如きであり、ケインたんは円熟の極みである。『バットマン ビギンズ』に続き、『ダークナイト』(2008)という娯楽大作バットマンものを制作中のノーランであるが、個人的にはこういう騙しのある「二度観る」映画をずっと作り続けて欲しいものである。